弘明寺駅周辺の散歩道
- YSL管理人

- 2025年12月9日
- 読了時間: 1分
更新日:2025年12月10日

駅の裏山にある、由緒あるお寺「弘明寺」
弘明寺という地名は、駅名にもなっている「瑞應山 蓮華院 弘明寺(ぐみょうじ)」から来ているんですよ。 このお寺の裏山を切り開いて、1930年に京浜急行の弘明寺駅が開業したそうです。
今では、京急と横浜市営地下鉄ブルーラインの2路線が使える便利な駅。
春の風物詩、弘明寺の桜並木
春になると、弘明寺はお花見客でにぎわいます。 駅からお寺へと続く道沿いに咲く桜は、それはもう見事で、毎年京急の車内でも紹介されるほどなんです。
商店街は、暮らしの味方
弘明寺観音からまっすぐ延びる「弘明寺かんのん通り商店街」は、全長312メートル。 約130軒のお店が並び、昔ながらの和菓子屋さんやお豆腐屋さん、風情ある酒屋さんなど、どこか懐かしい雰囲気が漂っています。
都会の便利さと、下町のぬくもりがちょうどよく混ざり合っていて、どこか懐かしく、でも新しい。 そんな弘明寺の魅力を、これからも少しずつご紹介していけたらと思っています。


弘明寺では、長い歴史の中で地域とともに育まれてきた伝統的な行事や祭りがいくつもあります。どれもただのイベントじゃなくて、人々の祈りや感謝、つながりが込められています。
弘明寺の主な伝統行事とその意味
1. 節分会(せつぶんえ)
毎年2月に行われる行事で、厄除けと無病息災を願って「豆まき」が行われる。弘明寺では、地元の有志や子どもたちも参加して、にぎやかに鬼を追い払う。これは「邪気を払って福を呼び込む」日本古来の風習。
2. 花まつり(灌仏会)
4月8日に行われる、お釈迦様の誕生日を祝う行事。弘明寺では、花で飾られた「花御堂」に甘茶をかけてお祝いする。春の訪れとともに、命の尊さを感じる大切な日。
3. 盂蘭盆会(うらぼんえ)
お盆の時期(8月)には、先祖の霊を迎えて供養する行事が行われる。弘明寺では、灯籠や読経が行われ、地域の人々が静かに手を合わせる姿が見られる。ご先祖様への感謝を伝える。
4. 弘法大師御影供(こうぼうだいしみえく)
弘法大師(空海)の命日である3月21日前後に行われる法要。弘明寺は高野山真言宗に属しているから、弘法大師への信仰がとても深い。この日は特に多くの参拝者が訪れて、護摩祈祷や写経などが行われる。
5. 除夜の鐘と初詣
大晦日には「除夜の鐘」が撞かれ、108の煩悩を祓って新年を迎える準備をする。そして元旦には多くの人が初詣に訪れて、1年の健康と幸せを祈る。弘明寺観音は「厄除け観音」としても知られているから、特に人気です。
これらの行事は、ただの伝統じゃなくて、地域の人々の心をつなぐ大切な時間。弘明寺は、季節ごとに心を整える“心の拠り所”みたいな存在です。
地域社会への影響と南区の発展との関係
1. 門前町としての歴史的役割
江戸時代から明治時代にかけて、弘明寺周辺は「弘明寺村」と呼ばれ、寺を中心とした門前町として栄えたよ。参拝客を迎えるために商店や宿が立ち並び、自然と人が集まる場所。
2. 商店街の発展と地域経済
弘明寺の門前から鎌倉街道にかけて伸びる弘明寺かんのん通り商店街は、昭和初期から発展し、1956年には全長270mのアーケードが設置された。これが当時「東洋一のアーケード」と呼ばれたほど!今では312mに延長され、地域の買い物や交流の場としてにぎわっている。
3. 地域コミュニティの核
弘明寺は、地域の人々の心のよりどころでもある。お祭りやマルシェなどのイベントも開催されていて、地元の人たちが協力してまちを盛り上げている。たとえば「橋の上の、弘明寺市場」では、商店街の人たちと若いクリエイターが協力して新しい文化を発信している。
4. 南区の都市形成との関係
南区は開港以来、川沿いの「川のまち」と丘陵地の「丘のまち」に分かれて発展してきたけど、弘明寺はその中でも交通の要所として重要な役割を果たしてきた。京急線や市営地下鉄の弘明寺駅があり、横浜都心や上大岡へのアクセスも良好。これが地域の発展を後押ししてきた。
弘明寺は、歴史・文化・人のつながりがぎゅっと詰まった場所。まるで、時代を超えて地域を見守ってきた“静かな守り狐”みたいな存在です。
主な建造物と文化財
本堂 寛徳元年(1044年)に建立され、現在の建物は明和3年(1766年)に再建されたもの。古材も使われていて、歴史の重みがあります。
十一面観世音菩薩立像(国指定重要文化財) 平安時代中期の作で、ハルニレの木を使った一木造り。関東に残る「鉈彫り」の代表作として有名。
仁王門と金剛力士像(横浜市指定有形文化財) 仁王門は江戸時代以前の建立とされ、仁王像は伝・運慶作とも言われている。
鐘楼 江戸前期の1684年に改築され、関東大震災で倒壊後、昭和4年に復興されたもの。
楓関門(ふうかんもん) 室町時代の1411年に建立された門で、こちらも震災後に再建された歴史ある門。
七ツ石 インド僧・善無畏三蔵がこの地を霊域と感じて結界を立てたとされる霊石群。弘明寺の神聖さを象徴する存在。
弘明寺は、ただの古いお寺じゃなくて、歴史の層が何重にも重なった場所。歩くだけで、時代を旅してる気分になれる。
弘明寺の創建にまつわる伝説や逸話についてご紹介します。
弘明寺は奈良時代の養老5年(721年)に、行基(ぎょうき)という高僧によって創建されたと伝えられています。行基がこの地を訪れた際、村人たちのために観音像を彫り、寺を建立したという逸話が残っています。この観音像は「弘明寺観音」と呼ばれ、現在も本尊として祀られています。
また、弘明寺には「観音の霊水」と呼ばれる湧き水の伝説もあります。行基が寺を建てる際、村人のために水を求めて祈ったところ、地面から清らかな水が湧き出したとされ、今でもその場所は「霊水」として親しまれています。
さらに、弘明寺は江戸時代には「東海道六十六次」の宿場町としても栄え、多くの旅人が参拝したという記録が残っています。寺の周辺には、参拝者をもてなす茶屋や宿が並び、地域の発展にも大きく貢献しました。
これらの伝説や逸話は、弘明寺が地域の人々にとって信仰の拠り所であり、歴史的にも重要な存在であることを物語っています。
ブルーライン弘明寺駅から弘明寺公園まで夕方散歩してみた。
ぶらぶらゆっくり歩いても30分あれば到着した。
脇道と大岡川散歩は、次回のお楽しみにします。