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暮らしの森みんなの知恵

暮らしの森みんなの知恵
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ひとりでも、ひとりじゃない。
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話せる場所があるだけで、心が軽くなる。
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わたしの話を、ちゃんと聞いてくれる人がいる。
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つながりは、安心のはじまり。
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お茶でも飲みながら、話しませんか。


~母が施設に入所してからの事件いろいろ~その2。
母の施設入所の際、施設側からいくつかの条件が提示されました。糖尿病患者で、まだらボケなので、1)娘の私が、毎週土曜日に必ず施設に通うこと。その際は、母の希望するおやつ、果物をお弁当箱に詰めて持参すること。2)母にお金は持たせない、売店での買物は、娘の私が立ち合うこと。
森 美奈子
1月20日読了時間: 2分


~母が施設に入所してからの事件いろいろ~~その1.
老人施設探しの中で、インシュリン注射が必要な患者は、どこの施設も受け入れてくれないとわかっていましたので、婦長さんにそう伝えましたが、「早急に施設を探して退院してください」と取り付く島もないほど強く言われてしまいました。日赤を退院した際、母の手荷物の中に、一升瓶のお醤油、みりんの空き瓶、砂糖の袋等、いろいろあるのを見たときは、驚きで悲しくなりました。その後、日赤の紹介で、八王子市にある「天使病院の付属老人ホーム」にお世話になりました。入院は3か月が限度との認識でしたが、6か月おいてもらえました。6か月居られたのは、後にも先にもここだけでした。感謝しています。母も穏やかに過ごさせていただきました。
森 美奈子
1月13日読了時間: 2分


~~認知症の母を介護施設に入れることを決断したきっかけ・・・その2
母は、外出する際は必ず、「〇〇へ行ってきますね」と、誰かに断ってから出かけていたそうですが、その日は、誰にも会わず、もちろん何も言わないまま、外出したそうです。母がいないと気が付いたおばさんは、たいそう心配し、なかなか戻らないので、いよいよ交番に届けを出そうかと気をもんだそうです。
森 美奈子
2025年12月26日読了時間: 3分


~~認知症の母を介護施設に入れることを決断したきっかけは・・・
叔母からの電話の後、認知症の母を乗せ、親切に対応していたタクシーの運転手さんが、行先きが分からず、困り果てたらしく、母の手帳を見て、私の会社に電話をくださいました。運転手さんは、どうしていいかわからないようで、「髙木りこさん、居ますか?」という、とんちんかんな問い合わせでした。
森 美奈子
2025年12月16日読了時間: 2分


崩れていく人格 〜あの時の母はもういない〜
お母さん、認知症に罹ってしまったんだ
その時の私は、認知症という病気が、これほどまでに人を変え、家族を翻弄するものだとは、まったく想像もしていませんでした。
施設のスタッフの勧めで、認知症対応のグループホームに移ることにしました。 ようやく、私も妹も、少しだけ安心できるようになりました。
最後に母に会った日のことは、今でも忘れられません。 異常にやせ細り、老いが一気に押し寄せたような姿。 私の顔を見ても、誰だか分からない様子で、声をかけても、虚ろな目で見つめ返されるだけでした。
あの元気で、優しかった母は、もうどこにもいませんでした。
数年後、母はそのグループホームで静かに息を引き取りました。

島田 愛
2025年12月9日読了時間: 3分
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