3月は別れの季節。
- 西 博子
- 3月19日
- 読了時間: 3分
更新日:3月25日

これまでほぼ毎年、3月末の異動や退職で、いろんな人とお別れしてきた。
損保で仕事をしていた時は、毎年一定数の異動や退職があったけど、4月には新しい人が来るわけだから、年中行事みたいなものだし、仕事に対する姿勢をリセットする機会でもあり、寂しさはなかった。
損保のあと、長く仕事をした会社は、100%転職者の小さな組織。
前職もキャリアも能力も考え方も仕事に対する姿勢もばらばらだった。
並列で、それぞれが任された仕事をしていたため、上下がなかった。自分の仕事さえしていればよかったので、他者の仕事に対する理解がなかった。
それぞれ違うキャリアを持ってるから、自分の方ができることは他者に教えてあげ、また逆もお願いすれば、全員がスキルアップできたはずなのに、上下がないことが災いして、それをして来なかった。
ある社員が、電話応対の際に間違った敬語やとんでもない日本語を連発しているのを聞き、「社会人としてあり得ない!恥ずかしいなあ」とは思っても、間違いを正そうとはしない、正したこともあったが、相手が聞こうとしなかった。
やや格上の人がいたので、その人が全体を見て指示をすればいいのにと思ったが、その人は「さらに上から指示があればやるけど・・、積極的にはやりたくない、自分の仕事じゃない」の考えで、全体を見ることをせず、連携という言葉を全く理解しない人だった。
「使えないヤツ」と軽蔑していた。
まあ、一事が万事こんな感じで、なかなか他者を思いやることができない会社だった。
自分の仕事だけやればいいと言っても、やはり会社だからチームワークが必要なのに、極端な話、外線電話が鳴っても「対応したら自分が損」の空気。ダメな会社だと思ってた。
その会社で、段違いのキャリアと能力を持った方が仲間入りし、向上心たっぷりで、わたしたち全員を指導してくれたことがあった。あまりにも高いところからの指導で、わたしたちのレベルでは受け止めきれなかったので、さぞ歯がゆい思いをされたと思う。
「教えてもらったことは、すぐには活かせなくとも、忘れることはない、必ず今後の仕事に活かす」と約束して見送った。申し訳ない気持ちの別れだった。
昨年3月末、10年近く一緒に仕事をした30代社員が退職したときは、事実上「戦力外通告」で転職先未定のままの退職だったので、情けないような気の毒なような別れだった。
この3月は「使えないヤツ」としていた人が退職する。11年近く一緒に仕事をした。
「使えないヤツ」と軽蔑していたが、悪かったと思ってる。
彼が「使えない」のではなく、
「適材適所」じゃなかったから、いい仕事ができなかっただけ。彼にとっても不幸。
今年はなんだか感慨深い別れ。
第3の人生か、第4か知らないけど、
彼らしくいられる、彼に合った場所で、新しい人生を始めて欲しいと心から願う。
きっと今よりいい日々が送れると思うよ。


長い間、本当にお疲れさまでした。 67歳という節目を迎え、新しい日々へと歩み出されることに、心から敬意を抱いています。
この年齢での転職は決して簡単ではないかもしれません。 これまでの経験をそのまま活かせる場が、すぐに見つかるとも限りません。 それでも、今の時代の67歳はまだまだ若く、 これからの人生を自分のペースで見つめ直すには、むしろ良い時期なのだと思います。
経済的なことを少し脇に置けるのであれば、 これまで忙しさの中で後回しにしてきた「やりたいこと」に 静かに向き合える時間が訪れたのかもしれません。
どうか健康を大切に、悔いのない日々を歩まれますように。 これまでご一緒できたことに感謝し、 これからの人生が穏やかで実りあるものとなることを、心よりお祈りしています。