~母が施設に入所してからの事件いろいろ~~その1.
- 森 美奈子
- 1月13日
- 読了時間: 2分

最初は、都内の日〇病院に、糖尿病プラスまだらボケ患者として3か月入院しました。
食事の時間になると、病棟廊下に患者さん達の食事を乗せたワゴンが並びます。
賄い婦さんが病室を回り、それぞれの食事をアルミのお膳に乗せてベットまで運び、一斉に食事時間になります。
当然ですが、食事メニューは、患者さん達の病状に応じて、多少違います。母は「糖尿病食」ですし、その時代のことですから、決しておいしいものばかりではなかったと思います。
食べ終わったら、ワゴンまで自分でお膳を下げるのですが、その日は、既に下げてあったお膳にデザートのスイカが大きいまま残してあったのが目に入ったようです。
母は、それをわしづかみして自分の口に入れてしまい、大事件となりました。自分のスイカは小さかったようです。
この件が、婦長さんの耳に入り、私は呼び出されて大目玉をいただきました。
スイカ事件だけではありません。
母は、点滴カートを引いて、地下の売店に行き、甘いものを購入してその場で食べ、何くわぬ顔をして病室に戻っていたこともある、発覚していると看護婦さんたちから聞かされました。
婦長さんに、「おかあさん可哀そうだから、好きなものを食べさてあげれば良いのでわ」と言われてしまいました。日〇病院では不可能なことです。他を当たれと言われているわけです。
しかし、老人施設探しの中で、インシュリン注射が必要な患者は、どこの施設も受け入れてくれないとわかっていましたので、婦長さんにそう伝えましたが、「早急に施設を探して退院してください」と取り付く島もないほど強く言われてしまいました。
退院の際、母の手荷物の中に、一升瓶のお醤油、みりんの空き瓶、砂糖の袋等、いろいろあるのを見たときは、驚きで悲しくなりました。
その後、日〇病院の紹介で、八王子市にある「天〇病院の付属老人ホーム」にお世話になりました。入院は3か月が限度との認識でしたが、6か月おいてもらえました。
6か月居られたのは、後にも先にもここだけでした。感謝しています。
母も穏やかに過ごさせていただきました。


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