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~~認知症の母を介護施設に入れることを決断したきっかけ・・・その2

バスを待つ老人
バスを待つ老人

叔母からの1本の電話で始まった「母の奇妙な迷子事件」の話を知人に話したところ、

あちらでも、こちらでもよ、と・・・同様の話を次から次へと聞かされて、恐ろしくなったことを思い出しました。

 

その知人は、両親が健在だったころに、家事一切を手伝ってもらっていた方です。

私も「おばさん、おばさん」と家族のように慕っていました。

その「おばさん」が、娘(私)では、母をお世話できないなら、自分たち家族がお世話しますと言ってくださり、

その言葉にすがってしまいました。母のマンションは人に貸し、おばさんの家の2階に住まわせていただきました。

 

聞かされた話の一つです。

母は、外出する際は必ず、「〇〇へ行ってきますね」と、誰かに断ってから出かけていたそうですが、その日は、誰にも会わず、もちろん何も言わないまま、外出したそうです。母がいないと気が付いたおばさんは、たいそう心配し、なかなか戻らないので、いよいよ交番に届けを出そうかと気をもんだそうです。

 

夜も更けて、その上どしゃぶりの雨で、心配はピーク。待つほかないけど、いくら待っても一向に連絡がない。

どこかで事故にあったとしたら、待ってるだけではだめではないかと思ったその時、玄関のベルが鳴ったそうです。

あわてて玄関へ急ぐと、ずぶ濡れになった私の母が、両脇から二人の男性に支えられて立っていたそうです。

この光景を見たおばさんは、何が何だかわからず困惑したそうです。そりゃそうです。

 

男性は、空港近くの運送会社の運転手さんでした。

仕事を終えて帰るところ、ふらふらした年寄りが、傘もささずに、空港の埋め立て地をさまよい歩いているのを見て不自然に思い、自殺願望者かなと疑い、声をかけたそうです。

声をかけただけでなく、親切にも、運送会社の車で私の母を無事に送り届けてくださいました。

 

無事に帰宅できた私の母は、まず自分の部屋へ行き、現金入りらしい封筒を持って降りてきたそうです。

それをおばさんが見つけ、すぐさま声をかけ、封筒を改めたそうです。

「お母さん、ちょっと見せてね(10万円あるのを確認する)、こんなにお礼する必要はないからね。」と伝え、

中身を2万円にして母に渡したそうです。残りの8万円は別にしておき、後日、娘の私に渡してくださいました。

 

まだらボケの母は、一人で仙台まで行ってきたようでした。

バッグに飛行機の半券があったのを見て、驚きでした。

帰りの道が分からなくなり、草ぼうぼうの埋め立て地に迷い込んでしまったのでしょう。一晩中雨に打たれていたらどうなっていたことか。想像しただけでも身がすくみ、悲しくなりました。

 

雨の中、偶然母を見かけた方がいて、声をかけてくださったから助かったのです。運の良い母でした。

もし誰にも見とがめられることがなかったらと思うと、二人の男性にいくら感謝しても感謝しきれません。

 

また、この話を聞かされたとき、あきらめに近い思いを味わい、専門の施設にお願いする他に道はないと心に決め、母を預かってもらえる施設探しに本腰を入れました。

 

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