~~認知症の母を介護施設に入れることを決断したきっかけは・・・
- 森 美奈子
- 2025年12月16日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年12月19日

叔母からの1本の電話が、奇妙な事件の始まりでした。
「今朝、貴女のお母様からお電話があって、これから伺いますねとおっしゃったの。でも、一向に見えないのよ。お電話してみたけど、出かけた後みたいでね。待つしかないけど、待てども待てども見えないし、連絡もないの。もう一時間ほどになるけど、どこかで迷子になってないかしら?」と母を心配しての電話でした。
叔母からの電話の後、認知症の母を乗せ、親切に対応していたタクシーの運転手さんが、行先きが分からず、困り果てたらしく、母の手帳を見て、私の会社に電話をくださいました。
運転手さんは、どうしていいかわからないようで、「髙木りこさん、居ますか?」という、とんちんかんな問い合わせでした。
社内には、髙木という名前の社員はいませんので「お間違いでは?」と電話を切られるところでしたが、
その電話が耳に入った私は、直ぐに叔母の名前だと解り、はぁ~いと手を上げ、運転手さんからの電話をバトンタッチしました。
携帯電話のない時代、タクシーを止めて、公衆電話からお電話くださるとは、ありがたいことでした。
タクシーの運転手さんは「自分の母親も同じような状態だったので、放っとけなかった」とおっしゃいました。お昼ごはんの心配までしてくださり、嬉しく思いました。
最寄りの駅にタクシーを止め、私が行くまで待ってもらうようお願いし、会社の車で、急いで向かいました。
母は、ケロッとした顔で、「迷子になっちゃったわ」と言う始末でした。
叔母は、違う住所に転居していました。叔母から「お母様ご存じのはずなのに」と言われ、がっくりでした。
叔母の家に着き、運転手さんにメーター料金の2倍をお支払いし、お礼に代えさせていただきました。
違う運転手さんだったら、母は、最寄りの交番で降ろされていたかもしれません。
こちらの運転手さんでよかったと心から感謝しました。
まだらボケの母は、無事に叔母の家に着いて、ホッとしたのか、
私に向かって、「あなた会社でしょ?どうしたのよ!」と責めるように問い詰めました。
あきれてものが言えず、悲しくなりました。
叔母からも「お母様、一人暮らしはそろそろ無理では・・」と言われてしまいました。
ここから、楽ではない、施設探しが始まりました。


コメント