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にゃんこ優先で母との同居を断った私の、介護施設探し奮闘記

更新日:2025年12月5日

自分だったら子どもに見て欲しい?迷惑をかけたくない?
自分だったら子どもに見て欲しい?迷惑をかけたくない?

 

思い出す、あの頃の介護のかたち

今からもう30年ほど前のことになります。 当時は「姥捨て山」なんて言葉がまだ人々の記憶に残っていて、介護といえば養老院や特別養護老人ホーム、老人保健施設がようやく全国に広がり始めた時代でした。


私もその流れの中で、母の介護に直面しました。

母は東京に住んでいて、認知症と糖尿病を患っていました。

母は一緒に住みたいようでしたが、私は、当時7匹のにゃんこたちと暮らしていたんです。同居した場合、母が窓やドアを開け放つとにゃんこたちが外に飛び出してしまう。 そんな心配があり、同居は難しいと判断しました。


「親不孝な娘」と言われても仕方ないかもしれません。

それでも、私なりにできる限りのことをしようと決めて、介護施設を探し始めました。

当時はまだ携帯電話も普及しておらず、会社の昼休みに公衆電話ボックスに駆け込んで、 施設のケアマネジャーさんと何度も何度もやり取りをしました。

ようやく見つけた老人保健施設に母を入所させられたとき、心からホッとしたのを、

今も忘れることができません。


当時の利用料は月7万円ほどでした。

食費やリハビリ費用などは国からの補助で賄われていて、正直「ラッキー」と思いました。

でもその施設には最長3か月しか居られず、別の施設を探さなければなりませんでした。

同じ施設には戻れない決まりがあり、三鷹、立川、調布、八王子と、あちこち探し回り、

 2年かけてようやく、西奥多摩の特別養護老人ホームに入所でき、心底ホッとしました。 短期間移動の繰返しから逃れられた母は、そこで3年過ごし、88歳で静かに旅立ちました。


そして今、介護の現実は…

あれから時代は変わりました。

今の「介護老人保健施設」は、まるで軽費老人ホームのように様変わりしています。

費用も当時の3倍以上。快適な生活が保障されている。でも、お金のある人のための福祉

年金だけで暮らす高齢者にとっては、手が届かない世界です。


最近、厚生労働省が「頼れる親族がいない高齢者」を対象に、入院や施設入所を支援する仕組みを2027年度から始める方針を固めたというニュースを見ました。

本当に実現するのか、どこまで支援が届くのか…正直、まだまだ不安は拭えません。


最後に、

あの頃の介護の現場を思い出すと、今の制度がどれだけ変わったか、そして変わっていないかがよくわかります。

にゃんこたちを優先して母との同居を断った私は、もしかしたら親不孝だったかもしれません。 でも、あの時できる限りのことはしたつもりです。


これからの時代、誰もが安心して老後を迎えられる社会になることを、心から願っています

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