にゃんこ優先で母との同居を断った私の、介護施設探し奮闘記
- 森 美奈子
- 2025年12月2日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年12月5日

思い出す、あの頃の介護のかたち
今からもう30年ほど前のことになります。 当時は「姥捨て山」なんて言葉がまだ人々の記憶に残っていて、介護といえば養老院や特別養護老人ホーム、老人保健施設がようやく全国に広がり始めた時代でした。
私もその流れの中で、母の介護に直面しました。
母は東京に住んでいて、認知症と糖尿病を患っていました。
母は一緒に住みたいようでしたが、私は、当時7匹のにゃんこたちと暮らしていたんです。同居した場合、母が窓やドアを開け放つとにゃんこたちが外に飛び出してしまう。 そんな心配があり、同居は難しいと判断しました。
「親不孝な娘」と言われても仕方ないかもしれません。
それでも、私なりにできる限りのことをしようと決めて、介護施設を探し始めました。
当時はまだ携帯電話も普及しておらず、会社の昼休みに公衆電話ボックスに駆け込んで、 施設のケアマネジャーさんと何度も何度もやり取りをしました。
ようやく見つけた老人保健施設に母を入所させられたとき、心からホッとしたのを、
今も忘れることができません。
当時の利用料は月7万円ほどでした。
食費やリハビリ費用などは国からの補助で賄われていて、正直「ラッキー」と思いました。
でもその施設には最長3か月しか居られず、別の施設を探さなければなりませんでした。
同じ施設には戻れない決まりがあり、三鷹、立川、調布、八王子と、あちこち探し回り、
2年かけてようやく、西奥多摩の特別養護老人ホームに入所でき、心底ホッとしました。 短期間移動の繰返しから逃れられた母は、そこで3年過ごし、88歳で静かに旅立ちました。
そして今、介護の現実は…
あれから時代は変わりました。
今の「介護老人保健施設」は、まるで軽費老人ホームのように様変わりしています。
費用も当時の3倍以上。快適な生活が保障されている。でも、お金のある人のための福祉。
年金だけで暮らす高齢者にとっては、手が届かない世界です。
最近、厚生労働省が「頼れる親族がいない高齢者」を対象に、入院や施設入所を支援する仕組みを2027年度から始める方針を固めたというニュースを見ました。
本当に実現するのか、どこまで支援が届くのか…正直、まだまだ不安は拭えません。
最後に、
あの頃の介護の現場を思い出すと、今の制度がどれだけ変わったか、そして変わっていないかがよくわかります。
にゃんこたちを優先して母との同居を断った私は、もしかしたら親不孝だったかもしれません。 でも、あの時できる限りのことはしたつもりです。
これからの時代、誰もが安心して老後を迎えられる社会になることを、心から願っています


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