「無心になる」ことって、ある?
- 西 博子
- 4月21日
- 読了時間: 3分
更新日:5 日前

昨日、おけいこだったの。
粘土で製作する「西洋磁器人形」。材料は特殊な粘土だけ。
自分には縁がないような素敵なドレスや、薔薇の花をまとわせたステキなお人形なのよ。
リヤドロやマイセン(1体100万円を超えるものもザラにある)のお人形とは違う、細かいパーツがたくさんの可愛らしいお人形で、
市販にはないものだから、自作するしかないの。
12年ほど前から、偶然ご縁ができた講師に教えてもらってる。
講師はなかなか厳しいの。講師の作品(お手本ね)と同じにできるよう、指導される。
製作の流れとしては・・、
お人形のボディ(これだけは既製品)を立たせ、ペチコート(全く見えない部分)をつけて安定させ、腕をつけ、ドレスを着せて、髪の毛をつけたら、お人形としてはほぼ完成形なのに、そこからの細かい作業が延々と続くのよ。
大変と言えば大変だし、楽しいと言えば楽しいところなんだけど、何しろ、せっかく作った部分を傷つけることがあるから、ドキドキしながらなの。
もちろん、ドレスやヘアスタイルはお手本通りにするとしても、
髪をつけて、「わぁ、可愛くなった、もうこれでいい」と思っても、
講師から「じゃあ、お帽子着せてあげましょう」と言われ、製作は続く・・。
まだまだ細かい製作に自信がないから、せっかく綺麗についた髪の毛が崩れる方が心配になる。でも、無事にお帽子ができたら、リボンもつける。
手には薔薇の花束を持たせる。どんどんデコラティブになる。
西洋磁器人形製作は、時間と材料費がかかるおけいこなので、せっかちな人やコスパ重視の人には向いてない。生徒はシニア女性が多い。いろんなタイプの人がいる。
洋裁と同じように、ギャザーやドレープを入れながらドレスを着せるのが得意な人、
くるくる縦ロールやゆったり三つ編みで髪の毛を仕上げるのが得意な人、
小物(お花やリボン)にこだわり、いつまでも製作が続く人、
見本は必要なく、全くのオリジナルお人形を創る(このお教室は、華道のように最上位に家元がいて、作風を守る必要があるので、本来はNG・・)人、などなど。
わたしは、お花が得意なの。でも小さなお花は苦手。お人形さんの髪につけるヘアコサージュが馬鹿でかくなってしまう。
リボンも苦手、ふんわりと空気感があるリボンができない。苦手意識があるから練習しない、なのでいつになっても上達しない。
今日は「ぷっくりリボン」をつけましょうと講師が言ったの。初めてのリボン。
ただでさえ苦手だから、従来のスタンダードなリボンでいいと思ったんだけど、講師が作り方をデモンストレーションしてくれたので、作り始めたわけ。
こうしてこうしてこうよね、みたいに、理解はできたし、見た感じ、そんなに難しそうではなかったんだけど、これがなかなか思うようにいかない。講師だから簡単に作ったわけよね。そりゃそうだわ。
で、粘土と格闘し、なんとかぷっくりリボンを作ったんだけど、気がついたら、同じテーブルにいた2人がいないのよ。リボンを作るのに必死になってるうちにお帰りになったみたい。
わりと親しくしてる方なのに、ご挨拶もできなかった・・。そんなに必死だったのかな。
お隣の席の方も、違うリボンを作っててね、1センチほどの小っちゃいものを8個ほどドレスの裾につけるの。そっちはそっちで難しそうだった。
あとで講師に「おふたりとも、すごい集中力でリボン作られてたわねー」と言われたんだけど「集中力」なんていいものではない。「無我夢中」になってたわけ。
「無我夢中」は仏教の言葉らしいから、ちょっと違うかなぁ?
余裕がなく「なりふりかまわず」かな?帰ったらどっと疲れが出たしね。
まあ、前向きの気持ちの印象がある「無心で作業した」としておこうっと。
「無心になる」ことってそうはないものね。


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