もう一人じゃ無理かも…デジタル社会に取り残された私の本音
- 島田 愛

- 2月24日
- 読了時間: 2分

最近、暮らしの中で「戸惑い」を感じることが増えてきました。 便利になったはずの世の中で、私はなぜか、どんどん不安になっている気がするのです。
きっかけは、電気料金の支払い方法の変更でした
今は団地の一室で一人暮らし。年金は月に12万円ほど。贅沢はできないけれど、工夫しながら穏やかに暮らしていました。
そんなある日、電力会社から「払込用紙をやめて、口座振替にしてください」という通知が届きました。 「そのうちやろう」と思っていたのに、スマートフォンでの手続きは思った以上に難しくて…。 画面に出てくる言葉がわからない。どこを押せばいいのかも分からない。 途中で戻れなくなって、怖くなって、結局やめてしまいました。
気づいたら、滞納者になっていた
それからしばらくして、ポストに届いたのは「延滞料金」のお知らせ。 「えっ、私、払ったつもりだったのに…」 慌てて電話をかけたけれど、機械の声が流れるばかり。 自分が何を間違えたのかも説明できず、途中で電話を切ってしまいました。
最終的には「供給停止予告」が届いて、ようやく窓口に駆け込み、なんとか支払いを済ませました。 でも、それ以来、書類や通知を見るだけで気が重くなってしまった。
「笑い話」じゃない、私にとっては大きな出来事
誰かに話すと「そんなの簡単じゃない」と笑われるかもしれません。 でも、私にとっては本当に怖かったんです。 「もう一人では無理かもしれない」って、初めて思いました。
デジタル化の波に、ついていけない人もいる
最近は、何でも「オンラインで」「スマホで」って言われます。 でも、私のように、やり方が分からない人間にとっては、それが大きな壁になります。
総務省の調査でも、70代の多くが「操作が不安」「自分には必要ない」と感じているそうです。 それなのに、紙の書類は減り、窓口も予約制や廃止に。 「便利さ」の裏で、私たちのような高齢者が、静かに取り残されている気がします。
誰かに頼れる社会であってほしい
私は、支払いができなかったわけじゃありません。 ただ、やり方が分からなかっただけ。 それだけで、生活の基盤が揺らいでしまうなんて、なんだか切ないですね。
これからの社会が、若い人たちにとって便利になるのは素晴らしいこと。 でも、どうか、私たちのような世代にも「選べる道」が残されていてほしい。 紙の書類や、話せる窓口、そして「大丈夫ですよ」と声をかけてくれる誰かが、そばにいてくれる社会であってほしいと願っています。


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